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父が買ってくれたのはファミコンじゃなくてSEGAのSG-1000だった。

はてなブックマーク - 父が買ってくれたのはファミコンじゃなくてSEGAのSG-1000だった。

[セガハード大百科] SG-1000


うちにあったゲーム、これだよこれ。絶対これ。
本体の名前は、この話を書くにあたって初めて知ったくらいだ。

人に説明するにも「セガの、ガンダムみたいな色と形の本体で・・・。」
という曖昧な説明しか出来なかったのだがSG-1000という名前だったのか。
マスターシステムよりも古いやつだったのか。
ネットで調べたら何でも分かる時代だな、ほんとすげぇや!!
と、現在感動している。

参考:SG-1000 - Wikipedia


1983年、私が小学校1年生、姉が小学校3年生。
学校の友達が次々と『ゲーム買った』『ファミコン買った』と言い出し
ゲーム持ってる友達の家に集まってファミコンとやらをやらせてもらい
ジワジワと、その魔力に取り付かれてしまった。

姉も私も両親に
『○○ちゃんちもファミコン持ってるんだよ!!!買って!!』
と毎日のように訴えていたある日。

父が休日、突然言った。
『テレビゲーム買いに行くぞ。』


うわーーい!!!ファミコン!!ファミコン!!!


家族全員で車に乗って、ショッピングセンターに行った。(と思う。うろ覚え)
私も姉も小さくて良く分からないので、
ゲーム売り場でハードを選ぶ父の後ろをトコトコ付いていたら
そのうち飽きて、オモチャ売り場かどこかで遊んでいた。

そのうち、父が大きな箱を持って「買ったぞ、帰るよ。」
で、車に乗って家に帰った。

家に帰って箱を見る。


・・・・あれ???

なにこれ、ファミコンじゃない!!!

姉とビックリして父に聞けば
『人と同じじゃダメだ、人と違うことが大切だ。』
と、小学生には理解し難い人生哲学を説くではないか。

数時間凹んでいたわけだが
テレビに繋いでもらって、一緒に買ってもらった
チャンピオンテニス」や「スタージャッカー」を始めたら
もう、姉とテレビの前から離れなくなっていた。
ついでに、父は自分用に「麻雀」「芹沢八段の詰将棋」も買ってきた。
その後、ソフトは「モナコGP」(レースゲーム)と
パチンコII」「チャンピオンゴルフ」(←父の趣味)も買ってくれた覚えがある。

参考1:当時SG-1000用に発売されたソフト一覧
参考2:SG-1000のゲームタイトル一覧

学校に行って『うちもゲーム買ったよ!!』友達に言う。
友達『え!ファミコン買ったの?』
私『お父さんが、人と同じじゃダメっていうからセガのゲーム』
友達『ふーん。』

最初のうちは友達がゲームしに遊びにきた。
「わー、なにこれ。棒が付いてるよー!」と
ジョイスティックのコントローラーに驚いていた。

正直、ジョイスティックは滅茶苦茶使いやすくて
直感的に操作できるので大好きだった。

大体、NINTENDO64という任天堂が近年出してるゲーム機が
「世界で初めての、アナログスティック標準搭載」
なんてアピールでメディアへ話題に上っているのを目撃して
私は釈然としなかったというか、正直カチンときたもんだった。

『SG-1000なんて20年も前に(ちょっと長くて邪魔だけど)ジョイスティック標準装備だったのに!』

参考:SG-1000周辺機器>ジョイスティック

SG-1000、知名度が低すぎたから仕方ないのか。
いや、ゲームに関してはサッパリ知識の無い私だ。
そもそもニンテンドー64のアナログスティックは
こんな昔のゲームと比較すること自体間違っているのかもしれない。

とにかくジョイスティック式コントローラーの操作性は天下一品だった。
標準でついてくる灰色のコントローラーは左手の上に乗せて
軽く握ると両サイドにある赤いボタン(Aボタン、Bボタンに相当)を押せる。
シューティングで連射するなら軽く握っておけばOKなのだ。ラク。
スティックは利き手である右手で操作。
利き手で方向操作が可能というのは非常に便利。
おかげで私は未だに、ファミコンの十字キーの操作がド下手である。
左手で方向決めるの難しくね?

話を過去に戻そう。SG-1000を購入してその後。
任天堂からはファミコンのソフトが次々と発売されて
そのどれもが面白く、友達同士でファミコンソフトを貸し借りするのが普通になり
私も姉も、そういう流れから取り残されてしまった。

なんてったって、当時のセガのゲームは“糞”が付くくらい
全然面白くなかったのである。
(注:父が買うゲームの趣味が子供向けじゃなかったという理由も含めて)

友達はジョイスティックに最初は驚きながらも
「ねえ、もっと別のゲーム無いの?」と即座に飽きて
そのうちウチにゲームしにこなくなったのだ。

ファミコンと同時期に発売し、不遇のハードとなったSG-1000。
はっきりいって、自分の学年でセガのハード持ってるのは私しか居なかった。
友達んちにゲームしに行っても十字キーの操作がド下手で
「スーパーマリオ」なんか1面もクリア出来ない。
新しいゲームの話も良く分からず。

そのうち、姉も私もゲームに飽きてしまった。

これは父の作戦勝ちだったのかもしれないと、今になって思う。
なにせ、子供の願いであった「ゲーム買って」は叶えた上で
ゲーム一色の子供時代は避けられたのだから。
あたしゃ、家の外で走り回って遊んでましたから。
父に感謝。


そんな20年前の話を懐かしく思い出しながら
この不遇のハードSG-1000仕様など調べてみると
「キーボードを繋げるとパソコンになる」
「BASICの勉強が出来る」なんて書いてある。
なんとなく、父がこれを買った理由が理解できた。

父は工学部出身で、確か当時は
家電メーカでハード組込みのプログラムを設計する開発系の技術者だったはずだ。
やっぱ、そういう人だから『繋げればパソコン』視野にいれてたんじゃないかと。
本人に聞いたわけじゃないので、私の想像の域を出ない話なんだけどね。
結局、キーボード買わないで本人は「麻雀」や「パチンコ」やってたし。

ファミコン=ファミリーコンピューターを発売していた任天堂からも
1984年に『ファミリーベーシック』というBASICが使えるコンピューターが
発売してることは知る人も多いだろうが、それよりも少し前に
セガはそれを実現していたのである。
(スペックとか、良く分からんけど)

参考:ファミリーベーシック-Wikipedia

「何でセガって売れないの??」と、試しに夫に聞いてみた。
※夫はバリバリ、ファミコン世代。ファミコンの知識は超豊富。

夫曰く
『宮本さん(現在任天堂の代表取締役専務・情報開発本部長)て人が凄すぎんだよ。マリオ作った人。こないだもピクミンとか作ったろ?周期的にすごいのドカっとくるからなぁ。』

参考:宮本茂-Wikipedia

なんか、良くわかんないけど。
やっぱ任天堂はソフトが凄かったから勝ったって話なのかな。

嗚呼、不遇のSG-1000。

敵のデザインが野菜みたいだったシューティングゲーム
「スタージャッカー」
だけはもう一度プレイしたいと思っているが、無理かな。
最初のうちは右端に寄ってれば敵の弾が当たらないので、
ボスキャラとだけ戦えばいいんだよ!
子供に優しいシューティングゲーム!!

参考1:スタージャッカーの画面キャプチャ(←超懐かしい、泣けてくる)
参考2:心のゲームたち: セガSG、マスターシステム軍団(←パッケージ見れます)
参考3:これを遊ばずしてシューティングの歴史を語るなかれ(←結構好評らしいな)

NHKスペシャル 新・電子立国〈4〉ビデオゲーム・巨富の攻防ゲームセンターCX 2セガ・コンシューマー・ヒストリーファミリーコンピュータ 1983-1994
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テーマ:★なつかしの名作★ ファミコンからプレステまで - ジャンル:ゲーム

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